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熊本地方裁判所 昭和41年(行ウ)3号 判決

原告 前田幸盛

被告 山鹿税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、

「被告から原告に対する、

(一)、昭和四〇年一〇月二六日付の、原告の昭和三五年度分の所得税を六九八、一三〇円、無申告加算税を一七四、〇〇〇円となした再更正決定の中、所得税の三二九、三一七円を除く部分、および右無申告加算税全額

(二)、同年二月二三日付の、原告の昭和三六年度分の所得税更正決定の中、無申告加算税を三八九、〇〇〇円とした部分、

(三)、同日付の原告の昭和三七年度分の所得税を、一、四六五、七四〇円、無申告加算税を一四六、五〇〇円となした更正決定(当初所得税一、五三七、一五〇円、無申告加算税一五三、七〇〇円であつたところ、昭和四〇年一〇月一四日熊本国税局長の裁決により変更されたもの)の中、所得税の一七三、七二〇円を除く部分および右無申告加算税全額

(四)、同日付の、原告の昭和三八年度分の所得税を一、二三九、〇四〇円、過少申告加算税を六一、九〇〇円となした更正決定(当初所得税一、三一四、四二〇円、過少申告加算税六五、七〇〇円であつたところ、前記裁決によつて変更されたもの)の中、所得税の一〇九、〇〇〇円を除く部分および右過少申告加算税全額に対する各賦課処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、その請求の原因として、

「(一)、被告から原告に対し、さきに請求の趣旨記載どおりの課税処分がなされた。

(二)、しかしながら、原告の計算によれば、原告の右各年度における収入金額、経費、差引所得金額、諸控除およびこれに対する税額は、別表一から四までの原告の欄に記載のとおりである。

(三)、此の両者の算定の違いは、主として、被告が、原告の訴外有限会社仁和商事に対して有する未収利息金債権を、直ちに原告の収入金額とみなして課税標準額を認定したことによるものである。しかしながら、未収利息金はいまだ実収益ではない。従つてこれを収入金額といえないことは当然である。若しそのような課税が許容されるならば健全な企業経営は収支を償わずに破壊されるに至るであろう。しかもこの未収利息金は、利息制限法所定の制限利率を超過した、日歩一八銭前後のものであつて、法律上収受できないものであるから、尚更これをもつて収入金額とは言い難い。よつて被告の課税処分には、これらの未収利息金を収入金額と認定した点において、違法なものである。

(四)、次に原告は、請求の趣旨記載の各年度の所得税については被告に対し確定申告を行なつている。すなわち昭和三九年三月一七日、昭和三五年度分所得税を一、七五〇円、昭和三六年度分所得税を四〇〇円、昭和三七年度分所得税を零円と、又同月一六日、昭和三八年度分所得税を一二〇円と、それぞれ申告している。従つてこれらの点を無視して被告が、前記のように無申告加算税あるいは過少申告加算税を課税したのも、また違法である。

(五)、そうした以上の違法事由は、いずれも重大かつ明白な疵瑕というべきであるから、前記各課税処分は、いずれもこれらの瑕疵の存する限度においては当然無効である。よつて原告の実所得額を基礎として算出した前記主張額を超える賦課処分につきこれらの無効確認を求めるため本訴請求に及んだ。」

と述べ、被告の主張に対する答弁として、その主張の経過を経て前記賦課処分がなされたこと、昭和三六年度の総収入金額経費、差引所得金額、諸控除が、その主張のとおりであること、および昭和三五年、同三七年、同三八年度における雑所得の内訳、すなわち、原告の有する利息債権の基本である貸付元金、利子計算基礎(利率)、利息債権総額および内履行期到来の未収利息金額がそれぞれ、その主張のとおりであることは認める。経費については、その主張額を利益に採用する。その他は争うと述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、本案前の主張として、

「原告主張の各国税については、訴外熊本国税局長において、昭和四〇年四月三〇日被告から徴収の引継ぎを受け、同年六月二六日原告の有する貸金債権および不動産に対し滞納処分を行なつている。従つて原告としては、課税処分の無効を理由として、右滞納処分に関する訴によつて目的を達することができるから、行政事件訴訟法第三六条の規定により、課税処分の無効確認の訴を提起することはできない。よつて本件訴は不適法である。」と述べ、

本案につき主文同旨の判決を求め、主張および原告の請求の原因に対する答弁として、

「(一)、被告が原告主張の各課税処分を行つたことは認める。

(二)、右各課税処分は、別表一ないし四までの被告欄に記載のとおりの、申告から順次、更正決定、審査決定または再更正決定を経たものであつて、すべて適法である。原告の総収入金額、経費、差引所得金額、諸控除等は、いずれも同表中昭和三五年度は再更正額欄、その他の年度分は審査決定額欄下にそれぞれ記載のとおりである。しかし経費については原告が原始記録を有していなかつた関係上熊本国税局作成の商工庶業所得標準率を適用して算定したが、これは推計にすぎなかつた。従つて原告の主張する別表一ないし四の経費は本訴において利益に援用する。また同表一の中昭和三五年度の給与所得控除額が二九、六〇〇円となつているが、これは被告が誤まつて過大に認定したものであり、二一、六〇〇円が正当であるから、本訴においてはこの金額を主張する。

(三)、別表一ないし四の雑所得は、結局原告が訴外有限会社仁和商事に数十回にわたり一万ないし八〇万円の資金を日歩一〇銭ないし一八銭(若干は五銭)で貸付けたことによつて生じた利息の収入額および収入すべき額の総額で、その中には覆行期到来の未収利息金が、昭和三五年度七八一、九五〇円、同三六年度四九八、一四六円、同三七年度三〇〇〇、二三〇円、同三八年度三九九一、一六二円だけ、それぞれ含まれている。しかしながら、これら未収利息金も、弁済期が到来し、これを行使し得る時期にあれば、所得税法にいわゆる「収入すべき金額」として課税の対象になることは言うまでもない。また、それが利息制限法所定の制限利率を超過する利息であつても、経済的にみてその利息を支配管理し、これを享受し得る可能性の存する限り、当然課税の対象となるものである。

(四)、従つて、被告の本件課税処分は適法であり、これには何ら重大かつ明白な瑕疵は存しないので原告の本訴請求は理由がない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

第一、被告の本案前の主張について。

被告主張の滞納処分(差押)がなされたことは、原告もこれを明らかに争つていないので、果して、本件課税処分の無効確認の訴が許されないかについて考えるのに、行政事件訴訟法第三六条は、無効等確認の訴において、原告適格(確認の利益)の認められる場合として、その前段および後段に二つの場合を規定しているが、その制定までの経過などを徴すると、右前段の場合には、必ずしもその後段におけるような制限、すなわち、現在の法律関係に関する訴によつて、目的を達することができないときに限る旨の規定の適用はないものと解するのが相当である。つまり、右後段の規定する訴は、既に完結した行政処分に対するいわば一応納まりのついた静的法律関係についての、事后の救済訴訟の性格をもつのに対し、前段の規定する訴は、一定の行政処分に続く、後続処分によつて蒙ることあるべきいわば動的関係にある行政処分による損害を防止しようとする一種の予防訴訟の性格を持つものにほかならないから、かかる動的予防的訴訟の本質からみると、行政事件訴訟法第三八条三三条一項、二五条による判決の拘束力や執行停止などにより、いわゆる予防の目的を達し得るときには、かかる先行処分に、無効確認の利益を肯認するのが、制度の本質に合致するものといつてよい。本件において課税処分は、滞納処分との関係で右の先行処分たることはいうまでもなく、もともとこれが納税者に課税義務を定める基本的な行政処分であるから、滞納処分に着手せられたとはいえ、いまだ公売その他の処分にもおよんでいない現段階においては、一つの後続処分がなされたからといつて、直ちにその前行処分に無効確認の利益が失われると解するのは相当でなく、やはり、かかる基本的な課税処分には、なお無効確認を求める訴の利益があるというべきである。よつて被告の本案前の主張は理由がない。

第二、本案について

そこで本案について判断を進める。被告が別表一ないし四の被告欄に掲げる経過を経て原告主張どおりの課税処分を行なつたことは当事者間に争がない。

(一)  原告は昭和三五年、同三七年および同三八年度課税の各算定基礎額を争つているが、これらの年度における原告の収入金として、別表一、三、四の雑所得欄に掲げる金額に相当する収入利息および未収利息金債権があつたこと、右未収利息金債権がその年度に履行期の到来したもので、その金額がそれぞれ被告主張のとおりであること、および、これら収入利息ないし未収利息債権額算定の基礎となつた貸付元金、利率もまた被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そうして原告は未収利息金はあくまで未収入で、これは課税処分の対象とならない旨主張している。しかしながら、事業所得算定の基礎となる収入金額は、別段の定めがある場合を除き所得税法にいわゆる、その年度において「収入すべき金額」であるが、これは法律上収入すべき権利の確定した金額およびこれに準ずべき収入の予想される金額を指称し、権利を行使し得る履行期の到来した債権の如きは、もとより右「収入すべき金額」に当ると解するのが相当である。すなわち未収利息金といえども既に期限が到来した以上その利息債権については、当然債権者においてこれを収受することが予想されるのであるから、たとえ事実上取立困難なものであつても、債務の免除、履行期の延長などがなされて、その年度に収受されないことが確定したものでない限り、なお、これを税法上の収入金額というを妨たげない。本件において原告は、その主張の、いわゆる未収利息金につき格別右の如き明確な債務の免除等をなした形跡は窺われない。もつとも、右利息債権が若干の例を除き殆んど貸付元金に対する日歩一〇銭ないし一八銭の利率によつて生じたものであることは当事者間に争がなく右利率が、いずれも利息制限法所定の制限を超えることは明白であるけれども、所得税法上における所得の概念は、もつぱらこれを経済的面から把握すべきであり、いやしくも社会通念上の利息ないし利息債権として取扱われ、かつ、納税義務者が経済的に見て、その利得を現実に支配管理し自己のためにこれを亨有しうる可能性の存するかぎり、同法による制限を超える分でも、なお課税の対象たる所得を構成するものと解するのが相当である。それ故原告の未収利息金についての主張は理由がない。

(二)  そこで被告の課税計算に誤まりがないかどうかについても検討してみるのに、給与所得額については各年度とも当事者間に争がないので、これらと前記雑所得の合計たる総収入金額はいずれも被告主張のとおりであつたことが肯認できる。もつとも、経費の額については、原告は当初別表一ないし四の原告主張額欄記載のとおり主張していたが、後に被告当初主張の昭和三五年度は同表一の再更正額欄、その他の年度については審査決定額欄記載の全額を利益に援用し、被告は反対に、原告の初めに主張した右金額を後で利益に援用しているが、いずれにせよ、原告に最も有利な、その右援用額を考慮に入れて算定し、かつ、成立に争のない乙号各証により認め得る別表一、三、四の諸控除金額に弁論の全趣旨を綜合すれば昭和三五年、同三七年、同三八年度の被告主張の課税標準たる所得額は優にこれを肯認できるし、昭和三六年度課税の各算定基礎の額については当事者間に争がない。

そうすると、本件所得税の賦課処分に格別これを違法とすべき事由がないことに帰する。

(三)  つぎに、無申告加算税および過少申告加算税について見るのに、原告が昭和三五年度分から昭和三七年度分までの所得税確定申告を、昭和三九年三月一七日に提出したことは当事者間に争がなく、従つて、右はいづれも法定の期限後になされたことが明白で、これらに無申告加算税を課したことはもとより当然であり、また前記のいわゆる未収利息金を除外してなされた昭和三八年度分の申告税額が過少であることは、今迄に述べたところから明らかである。従つてこれら加算税の賦課処分にもこれを違法とすべき格別の事由は認められない。

以上により結局被告の本件課税処分には、これを無効とすべき重大明白な瑕疵は存しない。

よつて、被告の右課税処分の無効確認を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本敏男 武波保男 矢野清美)

(別紙省略)

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